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<シーサーの歴史>シーサーは、魔除けの置物である。シーサーのルーツは、古代オリエントに起源を持つといわれ、獅子(ライオン)が原型とされている。紀元前6000年頃、エジプトやインドでは強さの象徴としてライオンの石像が創られていた。琉球王国の大航海時代(14〜15世紀)に、エジプト、中近東、シルクロードを経由し、中国から琉球(沖縄)に伝わったものと考えられている。 <シーサーの目的> シーサーを据える目的は、権威の象徴、火伏せ、悪霊返し、及び装飾的なものと多様である。 建物の門や屋根、村落の高台などに据え付けられ、家や人、村に災いをもたらす悪霊を追い払う魔除け、幸運招きなどの意味を持つ。八重山諸島ではシーシーともいう。英表記は、Shisa,Sisa,Seasar,Seasir,Sheserなど、一定していない。だが、後の三者は主に英語風のネーミングに用いられる。スフィンクスや狛犬と同じく、源流は古代オリエントのライオン。名前は「獅子(しし)」を琉球語沖縄方言で発音したものである。シーサーは中国からわたってき後、当初は、城門・寺社・王陵・集落の入り口などに置かれていた。17世紀後半、沖縄本島南部に位置する、東風平町の富盛という集落では、たびたび起こる火事に悩まされていた。 そこで、石造りのシーサーを作り奉ったところ、火難から逃れ火災が起きなくなったそうで、そこから、シーサーは沖縄本島、離島へと広まっていった。19世紀末、民家にも赤瓦の使用が許されると、屋根に獅子を据えて魔よけとする風習が一般に広まっていった。屋根獅子には、焼物製と漆喰製があり、漆喰シーサーの方は一見恐ろしげだがよく見るとユーモラスな顔をしているモノもある。 長い年月の中、沖縄の風土、習慣、民族性、富盛の火伏せなどと混わり、元来権威の象徴であったシーサーは、今日では権威の象徴の他、家の守り神、魔除けの神として、また、除災招福を導くものとして、屋根の上や玄関、装飾用、土産用の置物として、皆から愛されるようになった。実際、シーサーと遭遇しない日はなく、獅子文化がこれほどまでに定着した地域は世界広しといえどもここ沖縄だけではないだろうか。 <シーサーの雄と雌> 一般的に、口の開いたシーサーが雌で、福を招き入れ、口を閉じたシーサーが雄で、あらゆる災難を家に入れないとされている。日本的な文化で考えると、、金剛力士像などのように阿吽(あうん)の一対になっているといわれている。阿(あ)がオス、吽(うん)がメスである。左右の位置については、例外はあるものの左側が阿、右側が吽になっている。 阿吽とはサンスクリット語の始まりと終わりを表す音。そこから物事の始まりと終わり、つまり世界のあらゆる事を表すと考えられ、神を象徴するとされた。つまり、シーサーはその体で世界全てを表し、雌雄一対という完璧な姿で災いから人々を守ってくれているというわけである。しかし、口を開いているのが威厳が高く強そうだと言うことで、口を開いているシーサーが雄だという見方もあるので、雄・雌については、よく議論される所である。 <シーサーの正体> 日本本土では狛犬や唐獅子、沖縄ではシーサーとよばれる獅子像、この瑞獣の正体は古代オリエントやインドのライオンである。したがって、唐獅子・狛犬・シーサーのルーツは同じで、中国大陸から直接わたってきたのが唐獅子、朝鮮半島を経てきたのが狛犬、そして中国から沖縄に伝わったのがシーサーとなった。エジプトのスフィンクスやシンガポールのマーライオン、ルーツは同じ古代オリエント。 こう考えると、もしかしたらエジプトのスフィンクスもそのひとつではないかと考えられる。シーサーの兄弟は世界中にいるといえるかもしれない。古代オリエントの人々は獅子・ライオンの姿になにか特別な力があると感じとり、それをデザインし造形した。それが、巡り巡って東洋の果てまでたどり着いた。しかし、その頃には実物のライオンを見ることが出来ない者による想像などが加わってライオンとはかけ離れた姿になっていった。それがシーサーなのだろう。 【唐獅子】 唐獅子が日本に伝来したのは唐の時代になってからである。伝来当初の獅子は宮中の守護獣として用いられている。また、そのころの獅子頭が正倉院に宝物として保存されており、これは日本各地に見られる獅子頭の原形とみなしてよいであろう。 【狛犬】 社寺に置かれる一対の獣像・狛犬は高麗犬とも書く。高麗というのは、朝鮮半島におこった王朝のことで外国というほどの意味で使われていたらしい。つまり高麗犬は外国の犬という意味になる。狛犬のことを本来は「獅子・狛犬」とよび、神殿に向かって右側で口を開けているのを獅子(阿形)、左側で口を閉じたのを狛犬(吽形)と区別していた。それが江戸時代に入り、参道に定着するようになると、一般には単に「狛犬」とよばれるようになっていった。 【スフィンクス】 スフィンクス (Sphinx) は、エジプト神話やギリシア神話、メソポタミア神話などに登場する、ライオンの身体と人間の顔を持った神聖な存在あるいは怪物。漢字で「獅子女」と書く。エジプトのスフィンクスは王家のシンボルで、ギザのピラミッドにある、いわゆるギザの大スフィンクスは王の偉大さを現す神聖な存在である。対してメソポタミアやギリシャのスフィンクスは女性化され、怪物として扱われていた。 <シーサー伝説> シーサーの伝説で有名な話のひとつに沖縄本島南部・ 東風平町 (コチンダチョウ)、富盛(トモリ)の「シーサー」の話がある。それによると、、たびたび起こる火事に悩まされていた富盛集落では、久米村の風水師「蔡応瑞」の風水によって石造りのシーサーを創り、火難の元凶である八重瀬岳に向け安置したところ、火難から逃れることが出来たという。それ以来、シーサーは魔除けとしての力を持つことが他の集落にも伝播し、さらに島々へと広まっていった。 <シーサーの製造> 家の守り神とは云っても、やはり誰かが創っている。それは、「瓦職人」と呼ばれる人々である。元来、シーサーは瓦職人が瓦を葺き、余った漆喰で「除災招福」を願って「おまけ」として創った事から始まりである。その創り方は、赤瓦と漆喰を使い、足から胴体と順に創り上げていく。モデルも決まった形もないので、職人さんがシーサーだと云えばどのような形をしていてもそれはシーサーとなる。 <シーサーと住居> 沖縄は、毎年強烈な台風に見舞われる地域で、近年赤瓦の屋根の住居からコンクリート造りの住居が主流となっている。新築する家々はほとんどがコンクリートで造られ、赤瓦の屋根はだんだんとその姿を消している。赤瓦の屋根とともにその場所に居るべき屋根の上のシーサー達も少なくなって来ているのも事実である。近年、街並み保存などの理由で赤瓦の屋根が見直されてきている。そこで、コンクリートで出来た近代的な家にも赤瓦を載せることも多くなってきている。 <屋根獅子の起源> 屋根獅子の起源と思われる獅子が首里城正殿にある。前面と背面の降棟に鬼瓦として対で用いられた獅子面で、装飾品としてのものであろうが、屋根に据えられたということから屋根獅子の起源ではないかと考えられている。また、洗骨後の骨をおさめる骨壺があるが、御殿型の骨壺には、首里城と同じように降棟に獅子がはりつけられていたり、屋根の中央にも配されていたりする。時代が下ると、壺型の骨壺にも装飾が多くなり、獅子をふんだんに飾りつけるようになっている。これが、屋根獅子誕生のヒントになったのではないかと思われる。 <魔除け> 沖縄にはシーサーのほかにもいろいろな魔よけが存在する。魔よけのことを沖縄ではムンヌキムン(悪魔をよける物)と呼ぶ。 【ゲーン】 ススキの葉を輪結びにしたもの。旧暦8月の「柴差し」には、ススキと桑の小枝を結び、屋敷の角や門、屋根のすみずみなどに差して魔よけとしている。 【サン】 ススキ・ワラ・芭蕉の葉などを小さく結んだもの。弁当や供え物など、家の外に出すような食べ物にそえる。 【アクフゲーシ】 水字貝やクモ貝を畜舎につりさげたもの。これは、家畜に疫病が侵入することを防ぐ。シャコ貝の大きな殻を門や石垣に置いたのも魔よけである。 ![]() 【シマクサラシ】 集落の入り口に牛や豚の骨片をつけたしめ縄を張る行事。外からの疫病を防ぐという意味で、しめ縄を張るところは集落と他の境界と考えられている。 【ヒンプン】 門と母屋との間に立てる衝立のような塀。目隠しの用途ばかりでなく、外部からの魔物の侵入を防ぐと信じられている。 |
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