沖縄と太平洋戦争

沖縄県といえば、太平洋戦争のときの悲惨な歴史を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

大東亜戦争とも呼ばれる太平洋戦争では、1944年昭和19年10月10日に激しい空襲が記録に生々しく残っています。これにより、那覇市の90%が壊滅状態となりました。

さらに、1945年3月26日には、慶良間諸島にアメリカ海軍艦隊が終結します。そして3月29日に占領することとなりました。そして4月1日、沖縄県に対して、アメリカ軍は55万人の兵力をもって、沖縄本島の読谷村から上陸し、砲撃と空襲を加えました。それはすさまじいものであったと伝えられています。

とはいえ、強大な文明国アメリカを敵にした沖縄県民は、独自の組織を配置し、防衛策を図っていました。本土結成の「日本軍」は首里城の地下に本部を置いていて、上陸してきたアメリカ軍と壮絶な地上戦を繰り広げました。一方、民間では「沖縄防衛隊」を設置しました。沖縄県民という一般人でありながら、激しい戦闘に参加し、日本軍とともに命を散らしていったのです。

また、このような激しい戦闘地域となった沖縄県から、疎開をしていた人々もいました。しかし、疎開先がマラリア発生地域であったために、沖縄県降伏後、ウイルスを持ち込むこととなりました。さらに栄養状態の悪化による、マラリアが発生、集団感染を引き起こしました。

参考: http://okinawasensouki.web.fc2.com/