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<沖縄市とは>沖縄市は沖縄県で2番目に大きな街である。74年に沖縄市になるまでは、日本で唯一のカタカナ市名「コザ市」だった。 子も街は本当最大の祭り「エイサー」のメッカでもある。沖縄市には全島エイサー祭りという祭りがあり、その時期になると各地の踊り手が集結し観客含め20万人余もの人で賑う。嘉手納基地によってアメリカとの問題はあるが、さすがエイサーのメッカというべきか街の雰囲気は明るい。また、「中村家」と呼ばれる重要文化財があり。琉球王朝時代の住居建築のの特色や中国の建築様式を現わしている。沖縄市は元気をくれる。そんな活気にあふれ笑顔が絶えない沖縄市を覗いてみよう。 <エイサー> 沖縄の伝統芸能で代表的なものが、エイサーである。毎年、お盆の季節になると、沖縄本島を初めその周辺の離島では、エイサーが行われる。エイサーは先祖の霊を慰める為の踊りで、各地の若者たちは、太鼓を鳴らしながら「エイサー、エイサー」などと掛声をかけながら踊る。夏の夜に響き渡る太鼓のリズムと、汗を流しながら熱く燃え上がり踊る若者たちの姿は、沖縄らしいまさに風景である。 ここ沖縄市は「エイサーのメッカ」と呼ばれるほどでそれを象徴する祭り「沖縄全島エイサーまつり」は、毎年旧盆明けの最初の週末に行われる、1956年の「コザ市誕生」を機に「全島エイサーコンクール」としてスタートし、今では沖縄の夏の風物詩として日本を代表する「祭り」の1つである。 「全島エイサーコンクール」には本島各地から選び抜かれた青年会などの団体や、全国の姉妹都市や協賛団体からのゲストが集結する。会場に鳴り響く三線、歌、太鼓のリズムを体に浴び、その迫力あるバチさばきに胸打ちながら、体全身でエイサーを味うことができる一大イベントである。祭りは3日間にわたり行われ、祭り初日にはゲイト通り、中の町、国道330での「道ジュネー」、祭り2日目の中日・祭り最終日には、全島から集められた青年会のエイサー大会が沖縄市コザ運動公園で開催される。 そのエイサーの歴史概要は、1609年薩摩が琉球を制圧し当時は、既に現在の三線があったので、それを使って踊り歌うような形態が生まれたという。首里から中部地域では、氏族の長男以外の男子に舞踊や三線などの楽器を身につける習慣があり、盆での供養するエイサーは、若い男性たちの仕事であった。一方、山原の農耕地域では、おもろ歌を唄うのは神女であり、そのオナリ神を祭る祭祀では、女達の仕事であった。それで、首里、中部のエイサーは男性のみで、大宜味、国頭では女性たちがエイサーをするようになった。男のエイサー・女のエイサーが確立されたのはこの頃である。 1650年江戸時代から明治になると野遊びの伝統が崩れ、その踊るエネルギーが伝統芸能であるエイサーに転化された。また、現在のようなエイサーを行うようになったのはこの頃からで、念仏歌の長い歌から、青年団が新たな民謡ブームを起こしたためと考えられている。1879年青年団の交流などで、他の地域の良い所を取り入れた芸能化を強めたエイサーが行われるようになった。この頃から見て楽しいエイサーとなる。1941年戦争で総てが焼失した沖縄は、終戦後米軍の下で、徐々にエイサーが復帰してくるが、元の形を継承するというよりも、エイサー好きの人々によって、新たなエイサーが生まれるようになった。現在に反映されるエイサーが作られた。 1956年から始まった「全島エイサーコンクール」は、コザ市発足とともに行われたもので、それがコザを中心とした中部の青年会は互いに見栄えのする衣装や太鼓の技を一層競うようになり、入場の演出や曲のレパートリーに工夫を凝らすようになった。1977年以降は、順位をつけないエイサー祭りとして現在の祭りの姿が確立された。というものである。 ![]() <嘉手納基地> 沖縄市、北谷町、嘉手納町にまたがる空軍基地。「不沈空母」の異名が付いている。嘉手納町全体が15.04q2。嘉手納飛行場や嘉手納弾薬庫地区などを含めた嘉手納基地(飛行場)は19.95km2。約75%の割合です。F15やF16といった戦闘機やE3空中警戒機など、あらゆる機種の航空機が訓練と作戦に当たっている。まさに、東南アジアのアメリカ軍の要である。常時200機近い軍用機が配置され、上空や周辺の訓練空域で演習がおこなわれるが、そのため基地周辺の住民は、騒音に悩まされている。 また、基地周辺にはアメリカ兵相手の街並みが広がり、基地内にも、将校宿舎、一般兵舎、映画館、ゴルフ場などがあり、約2万人のアメリカ軍人、軍属とその家族が住んでいる。また、嘉手納町には弾薬庫が設置され面積2786万9000u。空軍・海兵隊・海軍が使用するミサイル、弾薬などの貯蔵庫群で民間人はおろかアメリカ兵の立ち入りも厳しく制限されていて沖縄のアメリカ軍だけでなく、西太平洋全域で活動するアメリカ軍の弾薬がここで補給される。 <沖縄こどもの国> 沖縄こどもの国は、沖縄県沖縄市胡屋五丁目にあるこどもの国である。動物園を中心とし、全4つの施設があり、2004年4月15日に財団法人沖縄こども未来ゾーン運営財団が、沖縄子ども未来ゾーンとしてリニューアルオープンした。こども未来ゾーンは、沖縄の未来を担う子どもたちが、新しい時代を築いていく知恵・感性・創造力を育む場として造られた。以前は、県内唯一の遊園地も併設されていたが、経営悪化のため1999年8月31日に閉館。後ほど、動物園なども改装工事のため一時閉館。ここは、哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類など約200種類の動物がいて天然記念物などここでしか見ることのできない動物もいる。また園内の池ではバードウォッチングを楽しむこともできる。 ![]() <諸見民芸館> 閑静な住宅街に立つ、民具や文献資料などを展示する私設博物館。沖縄各地の陶器や漁具・農具・民芸品や日常生活の生活品、戦後しばらく県内で使われていた紙幣など約4500点が展示されている。城の天守閣を思わせる3階建の建物で赤瓦の屋根、焼き物の破片をはめ込んだ白い外壁が目を引く。 <中村家> 中村家の祖先は、中城城主である護佐丸の重臣だったが、護佐丸が亡くなるとともに離散。現在の北中城村に家を構えたのは、この地域の地頭に命じられた1720年頃である。現在の建物は、建てられてから約300年前のもの。建築構造は、鎌倉・室町時代の日本建築の流れを伝えているが、各部に特殊な手法が加えられて、独特な住居建築になっている。琉球の士族の屋根の形式である高倉・納屋・家畜小屋なども、昔のまま残されている。台風対策のために、傾斜を切り開き風をよける、又生垣と福木(防風林)を備え、屋根は本瓦葺。沖縄住宅の特色をすべて備えている。重要文化財に指定されている。 <サンセットビーチ> アメリカンビレッジに隣接するサンセットの美しいビーチ。サンセットビーチの名前の通り、夕焼けが空と海を染める風景を堪能できるロケーション。休日となると外国人でいっぱいになる。夕暮れ時にはデートに利用するカップルも。夏場はビーチパーティースポットとして人気。西海岸のリゾートビーチとは、一味違った雰囲気である。 ![]() <東南植物楽園> 沖縄郊外にある40万uの広大な敷地を有する大植物園、エスニックガーデン・ウォーターガーデンに分かれていて、それぞれに楽しめる。 【エスニックガーデン】 熱帯庭園・南国花園・ヤシ園・花木園・熱帯果実園に分かれ遊歩道で結ばれている。沖縄独自の花、ハイビスカスなどが1年中原色の色を咲かせている。世界中から観賞用のヤシ450種類を集めたヤシ園は人気の場所。トックリヤシの並木も見事で、繋がった葉の下は真夏でも涼しい。果実園にはパパイヤやマンゴーなどトロピカルフルーツ200種類が実っている。 【ウォーターガーデン】 錦が池・緑が池・ポリネシアンレイクの3つの池を中心にした公園。フラワーハウス・ヤシの広場・ガジュマルの森・サボテン山などが遊歩道で繋がっており、見晴らしの丘からは、園内が一望できる。 |
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