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<伝統芸能の歴史>沖縄の伝統芸能は、中国や日本、東南アジアの影響を受けながら作り上げてきた。琉球王国時代には、踊奉行(おどりぶぎょう)という役人を置くほど、国をあげて芸能に力を入れた。沖縄の伝統芸能は、「宮廷芸能」と呼ばれて、中国から来る冊封使たちをもてなす歌や踊りで、首里城(しゅりじょう)で国をあげて行われたものと、「民族芸能」と呼ばれて、地方の祭りの時などに行わたものの二つに分けられる。また、琉球王朝では、御冠船で中国から来琉した冊封使をもてなす必要から「踊奉行(うどぅいぶじょう)」の役職を設けて、数多くの芸能を仕立てさせた。これを「御冠船踊(うくゎしんうどぅい)」といい、今日ではこれを「古典舞踊」と呼ぶ。古典舞踊には、「老人踊り」「若衆踊り」「女踊り」「二歳踊り」「打組踊り」があり、衣装の艶やかさから優雅で華やかな王朝時代が想像される。 沖縄は昔から芸能の盛んな地域で、「歌と踊りの島」とか「伝統芸能の宝庫」などと呼ばれている。「琉球舞踊」や、沖縄だけの「組踊り」に代表される「おどり」や、「楽器」類でも中国から伝わった三線(さんしん)、胡弓(こきゅう)などの、琉球王国時代に残された文化が、今でも伝統芸能として受け継がれている。 【組踊(くみおどり)】 組踊は、伝統芸能の1つで歌三線(音楽)、唱え(せりふ)、踊り(舞踊)で構成されている沖縄独自の歌舞劇である。組踊の物語は沖縄の歴史や故事、説話等に基づいている。また、演技・演出は、本土芸能(能や歌舞伎など)や中国、東南アジアなどの芸能要素を取り入れたもので、組踊は広くアジアの文化の影響を受けた芸能と言える。単調なリズムにゆっくりとした動きで、見た目の美しさ、沈黙の中にある激しい心情が感じられる静の場面と、観る人の気持ちを高揚させる動の場面を巧みに使った歌舞劇である。この伝統芸能は音楽に合わせて踊り舞うというよりは、能や歌舞伎に比較的近く、ストーリーのあるものである。 創作は、琉球政府の踊奉行(おどりぶぎょう)に任命された、当時、歌人・三味線の名手であった玉城朝薫(たまぐすくちょうくん・1684年〜1734年)で、中国皇帝の使者「冊封使(さっぽうし)」を歓待するために、沖縄の土着芸能や故事を基礎とし、本土の能、狂言、歌舞伎等を参考にして創り上げた。1719年首里城の重陽の宴に上演されたのが初め。琉球政府が沖縄県となった1972年5月15日には国の重要無形文化財に指定された。 ![]() 【エイサー】 沖縄の伝統芸能で代表的なものが、エイサーである。毎年、お盆の季節になると、沖縄本島を初めその周辺の離島(りとう)では、エイサーが行われる。エイサーは先祖の霊(れい)を慰める為の踊りで、各地の若者たちは、太鼓を鳴らしながら「エイサー、エイサー」などと掛声をかけながら踊る。夏の夜に響き渡る太鼓のリズムと、汗を流しながら踊る若者たちの姿は、沖縄らしい風景として親しまれている。 エイサ−とは、沖縄諸島の伝統芸能の踊りの1つで、その語源の説は様々であるが、有力な説が、沖縄最古の書である「おもろそうし」の巻14に「いろいろのゑさおもろ」の「ゑさ」が語源という説である。踊りの起源は、元来、集落の若者たちが浄土宗系の念仏歌に合わせて、盆に各戸を踊り回ったことが、その起源といわれている 。 おもろそうしとは、「おもろ」という12世紀から17世紀に渡って謡(うた)われた沖縄・奄美諸島の古謡でそれを首里王府で採譜し本にしたものが沖縄最古の書物「おもろそうし」である。 おもろは、王府では男性が歌唱者であり、一方神女もおもろの歌い手で、祭祀歌謡を歌い続けたのに対し、男性は段々専門化し、次代の三線歌謡に移っていった。 1532年に袋中上人が沖縄にきて、念仏を輸入し、それを通俗的に訳し、何十種という琉歌念仏を作り、フシをつけて歌う様にした。その念仏歌を歌う専門の念仏者が出るようになり、盆に念仏者を呼び、念仏歌を歌って精霊を供養するようになった。1609年薩摩が琉球を制圧し当時は、既に現在の三線があったので、それを使って踊り歌うような形態が生まれたという。首里から中部地域では、氏族の長男以外の男子に舞踊や三線などの楽器を身につける習慣があり、盆での供養するエイサーは、若い男性たちの仕事であった。一方、山原の農耕地域では、おもろ歌を唄うのは神女であり、そのオナリ神を祭る祭祀では、女達の仕事であった。それで、首里、中部のエイサーは男性のみで、大宜味、国頭では女性たちがエイサーをするようになった。男のエイサー・女のエイサーが確立されたのはこの頃である。 1650年江戸時代から明治になると野遊びの伝統が崩れ、その踊るエネルギーが伝統芸能であるエイサーに転化された。また、現在のようなエイサーを行うようになったのはこの頃からで、念仏歌の長い歌から、青年団が新たな民謡ブームを起こしたためと考えられている。1879年青年団の交流などで、他の地域の良い所を取り入れた芸能化を強めたエイサーが行われるようになった。この頃から見て楽しいエイサーとなる。 1941年戦争で総てが焼失した沖縄は、終戦後米軍の下で、徐々にエイサーが復帰してくるが、元の形を継承するというよりも、エイサー好きの人々によって、新たなエイサーが生まれるようになった。現在に反映されるエイサーが作られた。1956年から始まった「全島エイサーコンクール」は、コザ市発足とともに行われたもので、それがコザを中心とした中部の青年会は互いに見栄えのする衣装や太鼓の技を一層競うようになり、入場の演出や曲のレパートリーに工夫を凝らすようになった。1977年以降は、順位をつけないエイサー祭りとして現在の祭りの姿が確立された。 ![]() <様々な伝統芸能> 【老人踊り(ろうじんうどぅい)】 古典舞踊の中でも、成立が古いといわれている。日本本土では、天下泰平・国土安隠・五穀豊穣を祝うという「翁」の踊りに相当し、同時に能狂言における神霊を舞台に迎えるという意味合いも含まれるため舞台の幕開けに踊られる。王朝時代には冊封式典のときに「老人祝聖の事(ろうじんしゅくせいのこと)」として上演された。その後、「老人老女」という題目で再構成され現在では「かぎやで風」の歌曲名で踊られている。 【女踊り(おんなうどぅい)】 女踊りは、女形によって踊られてきたものである。現在では、古典舞踊を代表する踊りとまで考えられている。女踊りは恋に身を焦がす女の情念や愛する人の着物をつくりあげる女のひたむきさなど、女性の内に秘めた熱い想いを表現する。他の古典舞踊にない魅力を持っている。出羽・中踊り・入羽の三曲で構成されている。 【若衆踊り(わかしゅうどぅい)】 若衆は、元服する前の14、5歳の少年のことで、琉球王朝では、宮廷に仕える少年を若衆と呼び、この少年たちが踊る踊りを若衆踊りと称した。歌詞や振りには、少年達がたくましく成長するようにとの願いが込められている。古典踊りでは、若衆特牛節(わかしゅくてぃぶし)、四季口説(しきくどぅち)、若衆が代表的ですが、沖縄各地の民俗芸能にも数多くの若衆踊りがある。 【二歳踊り(にーせーうどぅい)】 上り口説、下り口説、前の浜、ぜい、高平良万歳などに代表される二歳踊りは、若衆踊りと同様祝儀舞踊の色合いの強い演目である。衣装は、黒紋服(高平良万歳は別)をあずまからげ(ツボリを取る)にし、白黒脚絆に、白足袋を履く。小道具には扇子や杖(チーグーン)、ぜい、等がある。振りに空手の技法を取り入れており、力強い躍動感で表現する。 <様々な行事・祭り> 【与論島・十五夜踊り】 与論島の伝統芸能、十五夜踊りは国指定重要無形民俗文化財に指定されており、琉球文化と本土文化両方の交流の名残を留めている。その起源は旧暦八月十五夜の行事だが、現在では旧暦3月、8月、10月それぞれの15日、年3回実施されている。ちなみに、各回ごとの演目は少しずつ異なっていて、旧暦八月の十五夜踊りがもっとも盛大に行われる。かつて琉球王国文化圏にあったこの与論島には、「シニュグ」の行事など沖縄本島北部に通じる伝統行事も残されている。演目については、「雨たぼーり」と呼ばれる雨乞いの踊り。「さんばすう」・「二十四孝(にじゅうしこう)」・「頼朝公」、「牛若丸」など、沖縄本島では見られない本土風の演目があるが、最後は「六十節」にあわせて、演者と見物客によるカチャーシーで締めくくられる。カチャーシーは、沖縄本島の手踊りとは異なっており、体全体を大きく動かしながら円陣で踊る。 雨たぼーり・・・踊り手はすべて男で、頭部をシュパと呼ばれる黒頭巾で覆い、その上から長いサージで巻いて、「アーミ たぼーり たぼーり、シーマ がふうどぅ ゆがふう」という雨乞いの歌詞と太鼓の音頭にあわせて扇子を持って踊る。 さんばすう・・・本土風の狂言のようなものである。「さんばすう」は、「能・三番叟」のことかと思われるが、登場する「末広がい」とは縁起物の扇子のことで、「狂言・末広がり」と筋が似ている。 二十四孝・・・儒教に由来するとされる孝行話をお伽話風にまとめたもの。物語自体は本土の御伽草子のものかと思われるが、登場人物も沖縄本島北部の「長者ぬ大主(ちょうじゃぬうふしゅ)」の構成によく似ている。最後は登場人物たちが三線・太鼓にあわせて喜びの舞を披露しながら終わる。 <小浜島・結願祭> 小浜島の伝統芸能、結願祭は一年間の豊作、息災などの祈願が成就したことの感謝と祝いの祭りである。結願祭は八重山地方で行われているだけで本島地域では行われていない。小浜島の結願祭は国指定重要無形民俗文化財である。小浜島は人口600人程度の小さな島だが祭り期間中は大勢の人々で賑わう。舞台は集落の外れにある嘉保根御獄(かふにおん)の庭に設営された舞台で、北集落と南集落による奉納芸が切れ目なく披露される。また、舞台の上には大きな天幕が張られていて、奉納芸の最中は正装姿の島の長老たちが舞台を囲むように座る。演目については、「マミドーマ」、「小浜節(くもーぶし)」、「芋引(ぶーびち)」、「ダートゥーダー」など他にも様々な演目がある。 マミドーマ・・・八重山地方を代表する農民踊りの一つで、鎌や鍬などの農具を手にかいがいしく働く女性を讃える踊り。 小浜節(くもーぶし)・・・小浜島を代表する舞踊、八重山地方の正装であるスディナ・カカン姿に四つ竹を持ち、重厚な小浜節に合わせて踊る。 芋引(ぶーびち)・・女踊りの1つ。芋麻(ちょま)の皮を採取して織物の原料となる糸を紡ぎ出す様子を踊る。 ダートゥーダー・・・小浜島・結願祭にのみ伝わっている幻の演目。不思議なお面と装束、棒を手に登場し、屈んだり飛び跳ねたりと見慣れぬ動作を繰り返します。南ぬ島(ふぇーぬしま)系統の踊りであるとされているものの、詳細が不明である。 【宜野座区十五夜アシビ】 宜野座区の伝統芸能、十五夜アシビは100年以上の伝統を持ち、隔年おきに行われている。宜野座村は、もともと首里士族が寄留したといわれていて、宜野座区には県指定無形民俗文化財の「宜野座の京太郎」をはじめ組踊や王府の御座楽などが伝えられている。演目としては、「総巻棒(すーまちぼう)」、「宜野座の京太郎(チョーダラー)」などがある。 総巻棒・・・宜野座区平松毛の広場へ戻ってきた獅子と旗頭の周囲を棒を持った若者たちが集団で渦巻き状に回る。 宜野座の京太郎・・・沖縄市泡瀬とともに沖縄県無形民俗文化財に指定されている。太鼓持ちと馬舞者各一人および若衆6人で構成されていて、若衆が扇子舞と鳥刺し舞などを演じた後、最後に馬舞者の狂をが演じる。 【首里城・中秋宴】 かつて首里城に冊封使を迎えて催されていた「中秋の宴」を再現した伝統芸能。毎年、中秋の十五夜前後の週末三日間に渡って開催される。この期間中だけは首里城が夜間開放されて御庭の特設舞台で古典芸能などが披露される。演目としては、「くわでぃさ節(四つ竹)」、「しゅんだう」などがある。 くわでぃさ節(四つ竹)・・・正殿前舞台で演じられる古典女踊り。華やかな祝儀舞踊の一つで、かつて中秋の宴でも演じられたといわれている踊り。 しゅんだう・・美女役と仮面を付けた醜女役のペアで踊られ、醜女役は背の高い者と低い者を組み合わせたうえ、あえてちぐはぐなしぐさを交えて滑稽に踊る。中秋の宴では最後のトリをつとめる演目だったとされていて、歌詞も所作も意味深で不思議な感じが漂う踊り。 ![]() 【名護市宮里区・豊年祭】 名護市宮里区の伝統芸能、豊年祭は旧暦8月9日〜11日の三日間行われ、女踊りをはじめ組踊などの演目が深夜まで続く。豊年祭の舞台を控えた夕刻、出演者・関係者の一行が長者を先頭に昔からのしきたり通りに根屋がある名護市街を回る。演目としては、「長者ぬ大主」、「白鳥(しらとぅやー)」、舞踊劇「浦島」などがある。 長者ぬ大主・・・子供たちが若衆役で二才(にーせー)、築登上(ちくどぅん)、親雲上(ぺーちん)が登場し、長者の世果報(ゆがふ)を願う口上を述べた後、親雲上が長者に御酒を捧げてから踊る。 白鳥・・・宮里区に伝わる独特の女踊りの1つで、艶やかな女踊装束と四つ竹を手にした打ち組み踊り。御冠船踊りの女踊りが伝わる際に変化したのか創作されたのかは不明で、聞き慣れない伴奏曲というだけでなく、他では見られない所作が多い踊り。 浦島・・・浦島太郎の物語を舞踊劇に仕立てたもので、華やかな舞台装置と多数の出演者が登場する舞台。 <伝統芸能の小道具> 上記してきたように、沖縄の伝統芸能は小道具を使用する踊りが多くある。使う小道具によって、「扇子踊り」「笠踊り」「杖踊り」「笠杖踊り」「笠扇子踊り」「手花踊り」などと呼ばれる。 【花笠】 南国沖縄を象徴する真っ赤な大輸の花をモチーフにした笠である。花びらの隙間には海や空の青さをパックに白い高波がダイナミックにデザインされている。 古典女踊り「四つ竹」「伊野波節」「本嘉手久節」や近年の創作舞踊に取り入れられる小道具の1つである。 【流髪(かむろ)】 古典女踊りの髪形。作り花を正面に挿し、のし、ばさらを両側に挿して、髪と額の間を紫の長巾(ながさーじ)でしめて後にたらす。 【貫花(ぬちばな)】 古典女踊り「本貫花」や雑踊り「貫花」に使われるのが貫花(ぬちばな)で 紅白の花を交互に貫いたものが一般的。 【麾(ぜい)】 戦国時代に武将達の士気を鼓舞し、合図を送るために使われた小道具だが、流舞では戦いの為ではなく、太平の世を寿ぎ、称えるためとして使われる。 【房指輪(ふさいーびなぎー)】 古典女踊り(手踊り)の場合に中指にはめる小道具。うず巻きや雲を浮き 彫りにした幅三分くらいの銀平打の指輪。房には雲・魚・鳥・蝶・曲玉等が、模られている。 【銭鳴(ジンナイ)】 竹の筒に「銭」をはめこみ、手で振ることにより音を鳴らす小道具。琉球舞踊においては特殊な小道具で、主に創作舞踊で使われる。 |
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